久しぶりの「留学」そしていつまでも「留学」

伊藤秀史 (2020.10.この文章は村田海外留学奨学会創設50周年記念誌に寄せて書かれたものです)

2016年9月9日~10日,20年ぶりに留学先だったスタンフォード大学を訪れた.指導教員 (David Kreps) の学術的貢献をたたえるとともに彼の65才の誕生日を祝うシンポジウム (関連記事) に出席し報告することがその目的である.留学期間の1984~1988年以降も,しばらくは客員教員として何度か訪問する機会があったのだが,その後は中西部・東海岸,欧州,豪州などへの訪問の機会が増え,西海岸はすっかりご無沙汰してしまったのだった.

当時住んでいたキャンパス内の住居はもはや存在せず,所属していたビジネス・スクールもキャンパス内の別の場所に移動していたとはいえ,真っ青な空も含めてスタンフォードのキャンパスは相変わらず美しく魅力的で,かつてのビジネス・スクールや,練習室を予約してピアノを弾いていた建物などに寄って,久しぶりに「留学」気分を味わった.

シンポジウムでは,自分の専門分野でもある組織の経済学におけるDavidの貢献を振り返る役割を担った.報告内容を簡潔にまとめたエッセイ (pdf) の冒頭にも書いたのだが,自分が留学する直前,1984年7月に彼は来日し,国際コンファレンスで「企業文化と経済理論」という題目の報告を行った.大学院生としてコンファレンスに参加していた自分は,日本の指導教員から彼の名を聞いており,留学先での指導をお願いするつもりでいたのだが,その報告内容と報告論文で,自分の指導教員は彼だと勝手に決めてしまったくらいである.

Davidは意思決定論,ファイナンス,ゲーム理論などの分野でノーベル賞級の貢献をしている研究者だが,自分の博士論文,およびその後の研究は,組織の経済学分野に限定したとしても彼の研究と「近い」ものではなかった. しかし,2017年以降に早稲田大学で社会人および社会人経験者を対象としたプログラムでもっぱら教えるようになって以降,彼の執筆した『MBAのためのミクロ経済学入門』(第I巻第II巻),モチベーションにかんする一般書,そしてもちろん「企業文化と経済理論」など,彼の著作を用いながら,自分自身も新たに指導を受けているような状態である.そう,いつまでも「留学」が続いているかのように.